天使の言い分 9
三
そんでまあ、現在昼下がりちょい過ぎ。久保酒店で店番中です。商品陳列したり掃除したり、常連さんと世間話しているうちに夕方は近づいてきて、つまりまあ、佳代と会う時間は近づいてきて、おれはちょっぴし気鬱なわけです。何か響きがかっこいいな、気鬱。
客足もちょっと途切れて、正直ちょっと暇。働いてても何もしてなくても時給は一緒だけど、何もしてないとそれはそれで逆にしんどい。ちょっと忙しいくらいの方が個人的に一番楽だ。
レジカウンターでぼんやりしてたら、店の前を女の子達がきゃわきゃわはしゃぎながら通り過ぎていった。
「どう? あの人いる?」
「んー……。いないねえ、残念」
うん、ごめんねえ。一基は今、腰痛めちゃった親父さんの代わりに配達行ってます。
「で、どうすんの? 今度番号聞くの?」
「聞きたいけどー……。でも何話したら良いか分かんないし」
とりあえず今なら烏骨鶏の話振ったら良いと思うよ。昨日寝言で「烏骨鶏……!」って言ってたから。
「えー、でもやっぱ勇気出ないよう」
「駄目だってそんなんじゃ!」
とか話してる声がだんだん遠ざかっていく。女子特有のきゃわきゃわした声は可愛いなあと思うけど、話の内容的にちょっと腹立つ。一基のモテキングめ。ばーかばーか。
「あいかわらず、お兄ちゃんってもてるんだねえ」
「おや多恵子ちゃん。おかえり」
「ただいま。洋平くん機嫌悪そうだね」
「そりゃまあねー。おれだってもてたいですー」
「私の友達紹介してあげよっか?」
「多恵子ちゃんの友達っつったら、高ニだろ? 何か犯罪の香りがするから遠慮しとく」
笑いながら多恵子ちゃんはおれの隣に座った。
「今日も部活?」
「うん。学校クーラー無いから死にそう」
「お疲れさん。でもコンクール終わったって言ってなかったっけ?」
「終わったよー。今はねえ、今度他の学校と合同演奏会があるから、それの練習。チケットあげるからお兄ちゃんと一緒に見にきてよ」
「おー、行く行く。行けたら」
「行けたら行くって、体の良い断り文句だよねえ」
「や、マジで行くって。都合さえあえば」
「都合があえば、ってのも断り文句だよねえ」
「多恵子ちゃんや?」
「あは、ごめんごめん。うん、来てね。差し入れ持って」
ぺしぺしとおれの肩を叩いて、多恵子ちゃんは悪戯っぽく笑った。
さっぱり短く切ったショートカットや、日に焼けた顔は何となくソフト部ってイメージだけど、多恵子ちゃんは吹奏楽部だ。夏休みだってのにほぼ毎日部活してる。
「今日も合同練習だったんだけどさ、何か疲れるねえ。あっちと私たちとじゃ練習の方法とかも違うし、やりづらいや」
カウンターにべっそりとうつ伏せになって、多恵子ちゃんは疲れた声で言った。
「それに向こう私立だから中学生もいるんだけどさ、中学生の子休み多いんだよね。今日もうちのパートの子休んでたし。休まれたらパート練習しにくいんだよー」
「何か大変そうだな」
「うん、結構大変。早く合同演奏会終わってほしいかも」
多恵子ちゃんはでっかい溜息をついて、カウンターにぐりぐりと頭を擦り付けた。
お疲れな多恵子ちゃんには申し訳ないかもだけど、おれは高校ん時部活やってなくてバイトばっかだったから、何かこういう悩みって若干羨ましいなー、とか思う。学生! 青春! って感じで何となく憧れる。
「あ、そうだ」
「ん?」
「お兄ちゃんから話聞いた?」
「話? って、何の?」
体を起こした多恵子ちゃんが、しまった、って感じで口を押さえた。
え、何。超気になるんですけど。
「……まだ言ってなかったんだ。ごめん、聞かなかったことにして」
「……って言われてもな。ちょー気になるって」
「いや、あの、えー……っと」
あちこちに視線をさまよわせて、多恵子ちゃんは口ごもる。言え、と無言の圧力をかけてみるも、多恵子ちゃんは口を割りそうにない。
「……えっと……、私宿題しなきゃ!」
あ、逃げた。
もー、何なんだよー。気になるじゃんかよー。こないだから何か一基隠し事してるっぽいし、それのことかね。
さっき多恵子ちゃんがやってたみたいにカウンターにうつ伏せてうだうだしてたら、バイクのエンジン音が聞こえた。配達から一基が帰ってきたっぽい。
「一基ー……」
店に入ってくるなり、おれの恨みがましい視線に一基はぎょっとしたみたいだった。
「何だ、どうかしたか?」
「……お前さー、何かおれに隠してね?」
「…………いや」
何、その沈黙。
別にさ、いくら仲良かろうとも隠し事の一つや二つや三つあると思うよ? 別に全部話してくれとは思わんよ。
でもさあ、それがおれにも関係あるっぽいじゃん。だったら話は別だろ。気になるだろ。言えって。
「何なんだよ。正直不愉快」
「…………悪い」
「じゃあ言えよ」
不機嫌丸出しで言ってみるけど、一基はだんまりだ。
あーそー。
じゃ、良いよ。
おれは店のエプロンを外して、タイムカードを押した。そろそろ居酒屋の方に移動しなきゃだったし。
何か捨て台詞の一個や二個言いたかったけど、良い感じのが思いつかない。結構腹立ってるんだけどね。
その代わりに丸めたエプロンを一基に投げつける。投げつけてすぐに罪悪感なわけだけど、でもおれだって怒ってんだよ。謝らんからな。
「洋平!」
う、罪悪感……。
いや、でも振り返らんぞ。絶対振り返らんぞ。背中にめっちゃ視線感じるけど振り返らんからな。
店を出て、居酒屋に移動しつつジーパンのポケットに手を突っ込んでみる。佳代のピアスを指先でいじりつつ、思わずでっかい溜息だ。
あーあ……。
なーんか、マジついてねー……。