天使の言い分 10
昼間の久保酒店とはうってかわって、居酒屋の方は基本的にいっつもアホみたいに忙しい。でもそれも結構好きだったりする。や、ドMってわけでなくてね。
必死こいて「いらっしゃいませー」だの「一番様ご新規ドリンクオーダー頂きましたー」だの声張り上げて働いてたらさ、余計な事考える暇も無いし。
そんでお客さんに「ありがとう」とか「ごちそうさま」とか言われたらやっぱり嬉しい。おれの店ってわけでもないし、おれ個人に言ってるわけでもないって分かってるけど。
でもやっぱ嬉しいよ。働いてて良かったって思う。感謝されてる自分に、何か満足とかしちゃったりする。
てなわけで、おれは今日も必死こいて頑張りますよ。
ごそごそと腰にエプロンを巻きながら、予約客と担当者の確認をする。んで、思わず動きが止まった。
……今日の宴席担当は佳代チャンですかー……。
おれはまあ、仮にもリーダーなわけなので、宴席担当の子に声をかけんわけにはいかない。一応何やかんやと指示しなきゃだし。
あーもー気鬱。MAX気鬱だ。
「あ、洋平さん。ちわっす」
「おー、こんちわ」
「今日予約どんな感じですか?」
「こんな感じです。でかいのは一組だけ」
溜息は堪えて、予約客一覧を上野に渡す。
「担当佳代ちゃんかー。おれ手伝った方が良いですかね?」
と、言い終わらないうちに上野は慌てた素振りで手を振った。
「や、下心的なのは無いっすよ? 単に人数多くて大変そうだなーって思っただけで。安心してください!」
「……はは」
乾いた笑いってまさしくこんな感じだろな
佳代とおれが付き合ってるって事はここの連中たいがい知ってる。でも何か、今更だけど、知られて無いほうが良かったなーとか思ったり。こういう空気になるとやっぱね。
「……えと、もしかして、ケンカ中とかですか?」
「んー? ……んー……」
別れた、と口に出すのは何となく嫌で、とりあえずあいまいに笑って唸ってごまかす。
「っと、ごめんなさい! すんません別に探るとかそんなんじゃないんで!」
「……良い奴だねえ、上野くんや。惚れそうだわー」
「どうぞ! 準備しておきますんで!」
「何のだよ」
笑って小突くと、上野はほっとした顔をした。うん、ごめんな気ぃ使わせて。
よし、気合入れるか。
「佳代のヘルプ入んなくても良いよ。佳代もここ長いし一人で捌けるだろ。あ、新人の子に宴席の手伝いやってもらうかな。んでまあ、いざとなったら、……あー、おれがヘルプ入るし。上野は席リザーブの予約客の方お願いします」
「あ、はい。了解っす」
敬礼ポーズを取って、上野は予約客一覧にもっかい目を落とした。
うーん、上野見てたらなーんか犬思い出すんだよなあ。ゴールデンとかラブとか、そんな感じの。おれは柴犬に似てるって言われるけど。
バンダナ巻いて、酒のタンクだの何だのの確認をする。他にも色々してるうちに、もうそろそろ開店時間だ。
さて頑張るか。伸びをして、首を回す。お仕事だけでなく佳代の事も、……頑張らんとだな。
おれはエプロンのポケットに移し変えた、佳代のピアスを指先でいじった。休憩の時とかに、さらっと返せたら良いんだけど。
「……こんにちわー」
「あ」
上野はおれの方をちらっと見てから、控えめに「ちわー」と挨拶した。
「えと、佳代ちゃん、今日、宴席」
「あ、うん。……分かった」
上野はぎこちなく予約客一覧を佳代に渡した。目が泳いでる。……おれもたいがい顔に出る性質だけどさ、こいつほどじゃないと思う。
さて確認だ。声かけるの正直嫌だけど、そのへんは仕事と割り切らんとね。
「……佳代。あの、今日の宴席のコースだけどさ」
「うん。大丈夫、分かるよ。厨房に確認入れてくるね」
「あ、はい」
って、何でおれ敬語。
佳代は無表情でおれらの横を通り過ぎて、厨房の方へと向かった。
……何か、すんげえ拒絶オーラが出てんですけど。すれ違い様ギクシャクする事間違いなしどころの話じゃねえよこれ。
「……あの、洋平さん」
「……ごめんなあ、何か気ぃ使わせて……」
「や、良いすよそんなん!」
さっき堪えた溜息の分まで、大きく大きく息を吐き出す。いっそしゃがみこんで膝抱えこんじゃいたい気分だ。しないけど。
いやまあ、ギクシャクはそりゃするだろうなあとは思ってたけどもさ。ここまでとは……。
つか、もっと普通にできないもんかね。上野もいるんだし。ちょっとだけイラッとしちゃいましたよ、おれは。
「……しばらくはこんな感じかもだけど、他の皆にゃ迷惑かけんようにするからさ」
「や、うあ、えっと……」
「何つー顔してんだ」
変顔になってる上野のほっぺたをぺちっとやって、何でもないみたいな顔をする。
強がるのは苦手だし下手だけども、ま、一応ね。
ああでも、ものすごい、結構しんどい。
久々だよ、誰かにあんだけ拒絶されるのって。
何か、……何だろね。
うん、頑張ろ。