天使の言い分 3
裾を握ったまま、セーラー女子はおれをじっと見上げてくる。
いやいやいやいや、……いやいやいやいや!!
何ということでしょう! 意味が分からなさすぎておれの脳みそはパーンなる寸前ですよ!!
よし、整理しよう。
おれ好みの女子がゴミ捨て場に落ちてました。
そしたらその女子は天使だと言いました。
天使と言ったその女子は、童貞捨てさせてあげると言いました。
意味が! 分かりません!
とりあえずは、困った時の一基頼みだ。おれはセーラー女子の手を引いて、部屋に戻る事にした。
部屋のドアを開けると、一基はさっきと同じく、ベッドに腰を下ろした状態で酒を飲んでいた。
「えっと、……ただいま」
ドアを閉めて、何となく一基の機嫌を窺うみたいな感じに言ってみる。
一基はこちらを向くと、一瞬びっくりした顔をしてから、おもむろに頷いた。
「チェンジで」
「違う! これはそういう感じのアレじゃない!」
「俺さ、セーラーとかナースとかあんましなんだ。そういう日常中の非日常みたいなシチュより、非日常窮まるみたいな感じの方が良い。くのいちとか」
「そんなカミングアウトは欲しくありませんでした!」
くのいちとか斜め上にも程があるよ! びっくりだ!!
「で、何なんだよその子」
あ、ちょっと戻った? 安心。
「えっと……、天使……? なんだって、さ」
「へえ」
驚いたみたいな声を出して、一基は彼女を上から下まで見る。そして腕を組んで、大きく頷いた。
「天使プレイか」
「違う! プレイ違う! エロス思考から離れて!!」
駄目だ、戻ってなかった!
何なのお前酔ってんの!? 酔ってんだよな! じゃなきゃ怖ぇよ!!
おれは冷蔵庫から五百ミリペットの水を出して、一基に渡した。飲みかけでごめんとかそういうのはこの際どうでも良い。
飲め! 飲んで目を覚ませ、いや、酔いを醒ませ!
一基が水を飲むのを待ってから、おれは一基の肩を掴んで揺すった。
「なあ一基、おれほんと意味分かんないんだけど! 助けて!」
「俺も意味が分からん。煙草買いにいったはずの洋平が、何で女買ってくんの」
「買ってない! ついてきたの!」
「何で」
「童貞捨てさせてやるって!」
「意味が分からん」
「おれも分からんよ! 何これどういう事!?」
「一目惚れとかじゃないのか?」
「だとしたら嬉しい限りだけど、でもこの子自分が天使だって!」
「意味が分からん」
「三回目!」
でもほんとマジ意味分からんよ。さてどうしたもんか。一基も酔っ払ってて、いまいち当てになりきらんし。
おれは、手持ち無沙汰に髪をいじっているセーラー女子を振り返った。
けど何て聞いたら良いのか分からん。じっとおれを見てくる視線に何となく気圧されて、つい視線を逸らしてしまった。
「……まあ、とりあえずその辺座って」
で、出てきた台詞がこれってのが何とも情けない話である。
おれも腰を落ち着け、ベッドに背をもたせかける。丁度おれの向かいに座る形となった彼女を見やり、恐る恐る聞いてみた。
「……天使?」
「そう」
と、彼女は事も無げに言った。何かここまで自信満々に言われたら、おれのが間違ってるんじゃないかって気がしてくる。
でもさ、ありえん話でしょ。だってここは現代日本ですよ? や、海外なら居るとかそういう話をしたいんではなく、存在しねえってのをおれは言いたいのであって。
それにさ、見る感じめっちゃ普通の女の子だし。セーラーだし。天使っていや、金パでくるくるで弓持ってて羽生えててって感じじゃん。
だから、いきなり天使とか言われても信じられんのであって。セーラーだし。や、天使以外なら信じたのかとかそういう話をしたいんではなく、……何だ、…………、とにかく意味が分からんとおれは言いたいのであって。
あー頭痛ぇ。これ絶対酒の所為じゃない。おれは唸りながら目元を掌で覆った。指の隙間から、彼女を窺う。
「……名前は?」
「理絵」
めっちゃ普通だし。
天使なんだったらさ、何だ、こう、キラッとした感じの名前とかじゃねえの? とりあえず横文字でカタカナだとおれは思うんだが。
うあーもうめんどくせー全部放棄してー。このまま一基に任せて寝ちゃいたいけど、その一基が船漕いでるし。お前おれの居ない間にどんだけ飲んだの。
思わずでっかい溜息も出るってもんだ。けど一基ばっか頼んのも悪いし(今更って話だけど)、黙ったまんまじゃどうしようもない。
よし、とりあえずは一個ずつ疑問を解消していこう。
「何で童貞?」
「言葉の成り立ちを聞いてるの?」
「違う。何で童貞捨てさせてあげるとかいきなり初対面の男に言ったの、って聞きたかったの」
おれの日本語が拙くて申し訳ない。
理絵はスカートの裾をいじりながら、上目におれを見てくる。
「だって童貞捨てたいんでしょ? 天使は人を幸せにするのが仕事だもん。だから」
おー……そりゃありがてえ……。
いやいや。
「……間に合ってます」
「ウソ! 彼女いないんでしょ? じゃあ無理じゃない」
「いやいやいやいや。何で知ってんの」
「だって彼女いる人は、童貞捨ててーとか呟かないでしょ」
「……あー……、まあねー……」
聞かれてたのかい、あれ。恥ずかしい。
「あ、もしかして風俗?」
「いやいやいやいやいや。若い女の子がいきなり何言い出すよ」
「若くて女の子だったら、言っちゃいけないの?」
「……あー……疲れるこの子……。一基、バトンタッチ」
ぺす、と一基の膝を叩く。すまん、お前が頼りがいあんのが悪い。
一基はさっきよりもちょっとまともな目つきで、理絵を見た。