湯殿から自室に戻ってきた由月が目にしたものは、こんもりと膨らんだ蒲団だった。
もそもそと動く蒲団に、由月は微笑ましいような気持ちを抱く。濡れた髪を拭いつつ、側に寄った。
「紫呉」
膝をつき、蒲団の上から軽く叩いて呼びかける。すると、五つになる弟がそろそろと顔を出した。
「どうしたんだ」
紫呉の黒い目が不安に揺れていた。にいさま、と稚い声で由月を呼び、紫呉は抱っこをせがむようにして両腕を伸ばした。
蒲団から這い出した弟を膝に抱え上げ、由月は細い背をぽんぽんと叩いてやる。何かに怯えていたらしい弟はやがて力を抜き、頭をことんと由月の肩口に預けた。
どうしたんだ、ともう一度問いかける。紫呉は由月の首に両腕を回し、ぎゅうとしがみついてきた。
「まっくらなのはいやです」
「うん?」
「きょうは、つきがないのです」
ああ、そういえば今日は新月だったか。
夜闇に怯える弟の頭を撫でながら、由月は安心させるようにと紫呉の耳元で呟いた。
「大丈夫だよ。見えなくても、無くなったわけじゃない」
鼓動の
「全く、夜を統べる者が夜を恐れてどうするんだ」
「すべる?」
「お前とて月の子だろうに」
「ぼくはすべってないですよ?」
あどけなく首を傾げる紫呉に、由月は思わず笑みを漏らした。
「違うよ、そういう意味じゃない」
笑う由月につられてか、紫呉もくすくすと笑い出す。不安の影はもう無いようだ。
となると急に眠気が押し寄せてきたのか、紫呉は由月の肩口に頭を預けたまま、うとうととし始めた。
「良いよ。ここで寝なさい」
むう、と返事代わりに紫呉は唸った。首に回されていた腕がするんと抜けて落ちる。その手のひらに傷を見つけ、由月は紫呉の手のひらを取った。
小さな手のひらに、細く長く切り傷が走っている。幼子の手のひらにはふさわしくないその傷に、由月は目を瞠った。
「これはどうしたんだ」
「んー……。くさを、ひっぱったのです」
「草?」
「ながくてほそい、くさなんです」
語尾はむにむにと寝息に消えた。
こちらの心配をよそに、紫呉はすぴよすぴよと穏やかに寝息を立て、本格的に寝入ってしまったようだ。
特に痛んでいないのなら良いが、しかし草とは何だと由月は思わず吹き出した。
抱えた幼い体温は温かく、何だか由月まで眠くなってきてしまった。髪を乾かしてから、読みかけの書物を読もうと思っていたのだが。
まあ良い。このまま眠るとしよう。
由月は灯りを消して、抱きかかえた紫呉の頭のてっぺんに口付けを落とす。
もぐりこんだ蒲団には紫呉の体温が残っていて、そのやわらかなぬくもりに包まれた由月の心にも、穏やかな安らぎが訪れるようだった。