やはり似ている。
癖の無い夜色の髪はもちろん、冷ややかすら感じる程、鋭く切れ上がった一重瞼。笑みを刻まない薄い唇。
目の色こそは違うが、若い頃の雅由に実によく似ている。
父子なのだから当たり前の事ではあるのだが、そのそっくりぶりには何となく感嘆すら覚える影鷹だ。
「何か」
少しばかり不審げに問われ、影鷹は初めて自分が不躾な視線を注いでいた事に気がついた。
「いや、そっくりだなあ、と思ってな。すまん」
ああ、と紫呉は納得した素振りを見せた。
草薙の居屋である左影舎の一室だ。影鷹は紫呉に乞われ、稽古をつけていたのだった。
影鷹は得物の銃剣を、紫呉は打刀を手に対していた。それぞれに刃はつぶしてある。
相打ち始めてしばらくが経っている。勝利の条件は影鷹から一本を取ること。二人とも息が切れ始めていたが、まだ影鷹は一本を渡していなかった。
単純な身体能力では紫呉が勝るだろう。衰えを自覚し、影鷹は少しばかりうらさびしさを感じてしまった。もうそろそろ五十路に手が届こうとしているのだから、仕方が無い事ではあるのだが。
だが簡単に一本取られてたまるものか、という意地は有る。それに戦闘に寄せる経験値は影鷹が勝っている。勘も、だろうか。
紫呉は肩口で汗を拭ってから、己の頬の辺りに視線を落とすようにして目を伏せた。
「父上を知る方にはよく言われるのですが……、それほどよく似ていますか?」
「ああ、似てるな。あいつが若い頃にほんとそっくり。まあ、雅由の方が凶悪な笑い方してたけどな」
「そう、なんですか?」
意外そうに瞬く。父親としての、いや、それ以上に第十二代目如月桔梗としての雅由しか知らない紫呉からすれば意外なのだろう。
雅由は二人の息子にすら、用がある時以外は滅多に話しかけない。触れ合おうとしない。愛情が無いわけではないのだろうが、無用に馴れ合うような事はしない。誰に対しても苛烈な支配者であろうとする。
息子二人も、それを良しとして受け入れている。おそらくは、そんな父であるから従い、忠誠を捧げている。自ら望んで有用な駒であろうとしている。
雅由の駒となることを中々受け入れられずにいた自分からすれば、多少の気味悪さを覚えもするのだが。
「……世には己に似ている人間が三人いると申しますが」
「ん?」
紫呉は軽く握った拳を顎に添えて、何やら思案顔だ。
「つまり父上のそっくりさんの一人目は僕なんですよね」
「ん、まあ、そうなる、か?」
「ではその僕にそっくりな人間も三人いるわけであり、そして僕にそっくりな人間の三人にもそれぞれそっくりな三人がいるわけであり、そしてまた僕にそっくりな人間の三人それぞれのそっくりな人間にもそれぞれ似ている人間が三人いるわけであり」
「やめろ意味が分からんくなってきた!」
「その理屈でいけば、何れは瑠璃の里総員が皆父上というわけであり」
「何だその優しくない世界!」
「それぞれが暗殺しあって、最後に残った父上が本物の父上ということで良いんでしょうか?」
「良くないよ!」
嫌な息子だなお前は!
突っ込む事に忙しかった影鷹は気がつくのに遅れた。一瞬の隙をついて、紫呉がすぐ間近まで踏み込んできている。
喉元に切っ先を突きつけられた。影鷹は提げていた銃剣を足元にやって、不承不承両手を挙げた。
「卑怯くせえ……」
「どんな手を使っても良いと言ったのは影鷹殿です」
確かに言った。どんな手を使っても良いから一本取ってみろと、確かに言いはした。が、釈然としない。
目の前で薄く笑う紫呉は、やはり雅由にそっくりだった。