ある日の晩の事、影虎は縄を片手に須桜を道場に呼び出した。
「なあ、悪いけど練習付き合ってくれよ」
「良いけど……。何で縄?」
「縄抜けの練習したいんだ」
頼む、と縄を手渡せば、須桜は快諾してくれた。
道場に移動して須桜に背を向ける。
「ちょいきつめに頼むわ」
「ん、任せて」
笑み声で須桜は縄をスパンと高く鳴らした。
そして。
「……何で脱いだし?」
「いやいやいやいや何で脱がしたし?」
着物を剥がれ縛られた。
「しかもお前どこでこんなの覚えてくんだよ……」
かつ亀甲縛り。
もぞもぞと身体を動かし縄を緩めようとする。が、忠実に影虎の言を守ってくれたらしく縄はぎっちりと手首に食い込む。
まあもし実際捕らえられたら衣類に忍ばせている刃物類は取り上げられてしまうので、一番良い練習になると言えばなるのだけれども。
(まさかの亀甲縛りだよ……)
腕を組み、にやにや笑いながらこちらを見おろしてくる須桜が腹立たしい。
「あ、二人ともここにいましたか。少し話が……」
道場の戸を開けた紫呉が、二人を見て固まった。
視線が痛い。
常の無表情が怖い。
無言のまま紫呉は戸を閉めて、道場に上がりこんだ。
そして須桜の手にしていた縄を受け取り、スパンと高く音を鳴らす。
「楽しそうな事をしていますね!」
「近年稀に見る良い笑顔しやがって畜生!」
慌てて影虎は縄を解く。無理に解いた所為かいつも以上に関節が痛い。それに肌も擦れて痛い。
「あーもー……良い様に遊びやがって……」
解いた縄を手に二人に迫れば、二人は顔を見合わせ、そして一目散に駆け出した。
「待てよこら!」
二人が戸を開ける前に回りこみ、出口を塞ぐ。
「ちょ、落ち着いてよ影虎、ちょっといけない頑張りを見せただけじゃない!」
「そうですよ、僕に至ってはまだ何もしていません!」
聞く耳など貸してやるものか。
わざとらしくにこりと笑えば、二人は顔を見合わせ、こちらもわざとらしくにこりと笑った。
「……ほら、落ち着いて影虎……」
須桜は自分の耳に片手をあてがい、耳を澄ます仕草をする。
「ええ、そうですよ……。ほら……」
それに倣い紫呉も同じように耳を澄ます仕草をした。
そして二人は声を合わせて言った。
「風の笑い声が聞こえる……」
「打ち合わせでもしてたのかよお前ら」
俺はお前らを嗤ってやりたい気分で満々ですがね!
そんな心の声が伝わったのか二人のこめかみに冷や汗がつたった。
手にした縄をスパンと鳴らす。
今こそ我が実力を見せる時だと、高笑いと共に影虎は縄を振るった。