可愛げの無い男だと、須桜は思うのだ。
顔も良い。背も高い。忍びとしての腕も良い。料理の腕も良い。主からの信頼も厚い。
可愛げの無い、嫌味な男だ。
須桜はそう思いながら、隣で魚を三枚に下ろしている影虎を見上げた。
影虎は須桜の視線に気付き、何だと言いたげな顔をした。別に言いたい事の無い(というよりも、言う言葉を用意していなかった)須桜はぷいっとそっぽを向く。影虎はさして気にした様子もなく、再度調理に取り掛かった。
須桜は大根を桂向きにしつつ、考える。
非の打ち所が無いわけではない、と思う。飄々とした様や、自分の本心は明らかにしたがらないところ。人の手を借りようとしないところや、甘えを見せないところ。そういった点は、欠点とも言えるだろう。
甘えてほしいわけではない。むしろそんな物を見せられても困る。というか気持ち悪い。
でも、もう少し頼ってくれても良いのにと思う。
甘えたくない、甘えるのに慣れたくない。影虎はそう言っていた。だから人の助けを欲しようとしないのだろうし、本心を(特に弱い心を)かたくなに見せようとしない。
やはり、可愛げのない男だ。
「……こないだ座る時よっこらどっこいしょのせっとのせー、とか言ってたくせに……」
「誰が」
「影虎が」
影虎はぴたりと手を止め、こちらを向いた。
「マジか」
「マジよ」
影虎の言いようを真似して答える。
「え、うそ、マジで? マジで言ってた?」
「うん、マジで言ってた。黒豆が怪訝な顔して見てた」
「マジでか」
影虎は包丁を持った手の甲で、顔の下半分を隠すようにした。
うろたえる影虎に、須桜は更に続ける。
「それに料理の本のお餅の頁見ながら、餅ってやっぱ腹持ち言いのかなーもちだけに、とか言ってた」
「マジか」
「マジよ。紫呉が生暖かい目で見てた」
「マジかー……」
影虎は己の肩口に顔を埋めるようにして、須桜から顔を背けた。わずかに耳が赤く染まっている。
その様をちらりと見あげてから、須桜はつんと澄ました顔で黙々と大根を剥く。
ちょっとだけ気が済んだ。
いつも人をからかったり、適当にあしらったりばっかりしている影虎だ。たまには自分も恥ずかしい思いをすれば良い。
「……明日晴れるらしいな」
「下手な照れ隠しね」
「うっせ。お前こそ桂向き下手だっつの」
「八つ当たりしないでよ。あたしは事実を言っただけじゃない。影虎が座る時によっこr
「うっせえって。黙って大根剥いてろよ」
「八つ当たりは醜いですよ影虎。あと僕も餅の腹持ちは良いと思います、餅だけに」
「いつ来たんだよお前は!」
生暖かい目をして言う紫呉を、影虎は赤い顔をして怒鳴りつけた。
少しだけ、影虎の可愛げ的なものを見つけたような気がした須桜だった。