屯所の庭は、一面に雪化粧が施されていた。
乾地方にこれだけ雪が積もるのは珍しい。艮や巽の、それも北の区ならば積もる事もままあるのだろうが、乾地方は雪が降るにしても積もる事は滅多にない。
だから、はしゃぐのも無理は無い。
そうは思うのだが、影虎は呆れていた。微笑ましいような気もする。けれどやはり、馬鹿だろお前と思う気持ちの方が大きい。
影虎の視線の先には紫呉がいる。黒の綿入れを羽織ったその姿は、雪景色の中に落ちた一点の墨のようだ。
紫呉は先程から庭先で、しゃがみこんで雪像作りに励んでいる。雪兎? とか雪だるま? のような、よく言えば芸術的な、前衛的なものを作りだしていた。
頬も鼻も赤くなっている。覗く首筋が見るからに寒々しい。だが本人は気にした様子もなく、せっせと何体目かの雪だるま? を作成していた。
よし、と満足げに呟いたのが聞こえた。雪だるま? が出来上がったのだろう。
紫呉は新しく出来上がった雪だるま? を今までのものの隣に置いた。そして次のものに取り掛かる。
怖い。
何がって、雪だるま? と雪兎? が。
何で全部目ばっかりが妙に写実的なんだろう。そして何で全部こっちを向けさせるのだろう。こっち見んな。
紫呉のその横では、黒豆がはしゃいでいる。喜び庭を駆け回り新雪に埋もれては、にゃあと鳴いて紫呉の救援をねだっていた。
お前猫だろ。炬燵で丸くなれよ。
と、炬燵で絶賛丸くなっている影虎はぼんやり思う。寒いのは平気と言えば平気だが、好んで寒冷を味わうほど酔狂ではない。熱いお茶をずずっと啜って、影虎は何個目かの蜜柑に手を伸ばした。
しかし、少しばかり意外だ。率先して紫呉とはしゃぎそうな須桜が、影虎の向かいで炬燵でぬくぬくしていた。
「遊ばねえの?」
主語も何もないとっちらかった台詞だったが、須桜は理解してくれたようだ。ちらりと外の紫呉たちを見て、重々しく頷いた。
「だって冷えてるでしょ?」
「ん?」
「あの子が外から戻ってきたら冷え切ってるでしょ?」
「そうなあ」
ずっと外で遊んでいるのだから、そうだろう。
「そこで炬燵でぬっくぬくほかほかになったあたしがくっつきます。あの子はあたしをひっぺがしません。計算通り」
須桜は何ともあくどい顔でにやりと笑った。
思うところが無いでは無いが、とりあえず影虎は蜜柑を口に運ぶ。うん、美味い。
よしでは次はかき氷を、とか不穏な台詞が外から聞こえてくる。檸檬のかき氷はやめとけ。お前いくつだ。
阻止しに行くべきなんだろうが、どうにも寒い。炬燵から出たくない。ずっとこうしていたい。蜜柑うめえ。
しかし炬燵ってすごい。ほんとすごい。ほんとすごく人を堕落させる。何も考えた考えたくない。というか、何も考える気にさせてくれない。
外では立ち上がった紫呉が腕を組んで何やら考え込んでいる。かき氷を作るか否かだろうか。馬鹿なんだろうか。
とりあえず雪だるま? はこっち見んな。
蜜柑うめえ。