白みつつある空にも気付かず、崇は菓子作りに没頭していた。
「できた……!」
悠々館の厨房だ。崇は昨夜からずっと、新作の饅頭作りに励んでいた。
脳裏に描いていたものを、ようやく形にできた。その見事な姿は、我ながら惚れ惚れする出来である。
崇は満足げにほうっと息を吐いた。うっとりと新作の饅頭に見入る。
「ぅお、もう起きてたのか? ああ、いや。寝てないのか?」
仕込みに下りてきた父が、眠い目を擦りながら言った。
「うん。寝てないけど一日くらいなら平気なんだぜ」
「若いなあ。十六かあ。うん、でもそう考えると早いもんだ。こないだまでこんなだったのになあ」
うんうん頷きながらしみじみと悟は言う。
「こんくらいの時のお前はなあ、おっきくなったらオレ孔雀になるんだとか言ってたんだが」
「おやじ親父」
「うん?」
崇からすれば微妙に恥ずかしい思い出に耽る悟の肩を、ちょいちょいと指先で突く。
そして新作の饅頭を自信満々に指差した。
「でっかいな!」
「ふふー。はーとまーんじゅーう」
なんだぜ。
節をつけて新作の鳩饅頭を紹介する。
鳩饅頭とはその名の通り、鳩を模した饅頭だ。まるっともっちりした鳩の体躯やつぶらな目。我ながら上手く表現できたと思う。
崇は父の手に鳩饅頭を渡してやった。
「重たいな!」
「中にはみっしりとこし餡が詰まっております」
驚く父の手からもう一度鳩饅頭を取り、崇は鳩饅頭に両の指をめしっとめり込ませた。
「お前そんな残酷な!」
崇はそのまま鳩饅頭をめっしりと二つに割った。
「親父は上半身と下半身、どっちが良いんだぜ?」
頭部と腹部、二つに分かれた鳩饅頭をそれぞれの手に乗せて崇は問うた。
「あああ鳩さんが……」
しょんぼりと背を丸める悟だ。元は赤官の長でもあった人間だのに、その姿に威厳なぞどこにもない。
「菓子作りは創造と破壊なんだぜ」
「……そうだな。立派になったな、崇……」
ぐいと涙を拭う素振りを見せ、悟は感慨深げに呟いた。
「立派な息子を持って、父さんは嬉しいぞ」
「オレも親父とおふくろの息子に生まれて良かったんだぜ」
「崇……!」
感極まった悟が抱きついてくる。抱きしめ返したいが、それぞれの手には鳩饅頭の上半身と下半身があるからそれも出来ない。
とりあえず上半身の方を悟の手に握らせ、崇は空いた手でぽんぽんと父の背を叩いて体を離した。
「よし、じゃあおふくろにも見せてくるんだぜ!」
「待て崇! せめて頭を、頭を持っていけ!」
母さんびっくりするだろ、と悟は慌てて言う。
「そのあとは鳩たちみんなにおすそ分けなんだぜ!」
「共食いとかお前むごい事を!」
飼っている伝書鳩たちもきっと喜ぶに違いない。何しろ餡子が頭から尻尾の先までみっしりなのだ。
その後、特に驚く事もなく「おいしいわよー」と鳩饅頭(下半身)を頬張る母に、父は複雑な顔をしていた。
ぐるるぽぅと鳴きながら鳩饅頭(上半身)をつつきまわす鳩たちも、父は同じ顔をして眺めていた。
崇はそんな父を横目に、次はつぶ餡をみっしりさせようとか考えていた。
柊家の平和な一幕の話。