「……何だそれは」
「はいぱーしぐれくんでらっくすです」
やけにキリッとした顔で須桜が言った。
ああ頭の頭痛が痛い。
紫呉は須桜の部屋の襖度を開けた姿勢のまま、大きな大きな嘆息をした。
須桜の部屋には、何やら見慣れないものがいた。
彼女が『骨』と呼ぶ骨格標本と『肉』と呼ぶ人体模型の間に、それはいた。
何となく見たような姿をしているのは、絶対に気のせいではない。
それは黒の袷と、白の袴を身につけていた。今日の、というかいつもの紫呉と同じ着姿だ。
それは、肉に頭をもたせ掛けるようにして鎮座している。体は布地でできているようだ。顔はのっぺらぼうだが、それでも自分を模している事は間違いない。
「…………何だそれは」
紫呉は再度同じ台詞を口にした。というか、それ以外に何を言えば良いのか分からない。
須桜は良くぞ聞いてくれた、といった顔で、意気揚々と語り始めた。
「さあご覧あれこの肢体! もちろん体重身長は本体に忠実に作ってあります! 極上の絹を使用しておりますので肌触りも抜群! 頬ずりするもよし! 撫で回すもよし! 何をしてもよし! ご満足していただける出来であるのは間違いなし! そして特筆すべきは鬘! 残念ながら忠実に再現するのは難しかったので、黒を使用しておりますが本体のサラサラ直毛は忠実に再現! しかし所々に本体の落ち髪を使用しておりますので、それを探し出すのも一興! これで本体と離れ離れになっている寂しい時も一安心! はいぱーしぐれくんでらっくすがあなたの側にいてくれます! ってあれ、どこに連れていくの?」
紫呉は須桜の弁舌が終わるのを待たず、それの胸倉を引っ掴んで庭へ引きずり出した。
「え、何で燐寸なんて擦るの? って、いやああああはいぱーしぐれくんでらくっすうううう!!!」
あっという間に燐寸の炎はそれを包み、辺りに熱風が巻き上げる。
紫呉は一部の感情も含まない目でそれを見おろしていた。
後日、紫呉は言った。
僕の影がこんなに気持ち悪いわけがない。