流動する虚偽 序
序
愛した男の体が血で濡れていた。
(何で)
彼の背から柄が生えている。彼はぐらりと傾いで、倒れた。動かない。
(何で)
倒れた彼の向こうには少年が立っていた。
黒の袷。
白の袴。
夜色の髪。
少年は月を背に、倒れた彼をじっと見ている。
「……何故」
何故?
今、少年は何故と言ったか?
それはこちらの台詞だ。
何故、彼は死んでいる?
少年は彼の背から刃を抜いた。ぬらりとしたあの色は、彼の血の色か。
少年が顔を上げてこちらを見る。鋭い眼光に思わず息を呑んだ。
(何で)
何故彼は死んでいる。何故少年はここにいる。
何故、何故。
「……何で?」
震える声が喉から漏れた。少年は何か言おうと口を開いた。刃を手にした少年の腕に力がこもる。
(殺される)
反射的に身を翻した。少年の声が背に触れる。それを無視してひたすらに走った。
何故彼は死んでいる。
違う。
何故、彼は殺された?
何故彼は、少年に殺される必要があった?
何故、何故。
頬を涙が濡らす。肺が痛む。立ち止まって息を整えた。
ざ、と背後で足音がした。恐怖に身を震わせながらゆっくりと顔を上げる。
「彼が憎いかい?」
蜜色の髪をした少年だ。中途に伸びた彼の髪が夜風に揺れる。
憎いかと問うその声に、私はゆっくりと頷いた。
涙が一粒、地を濡らした。
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