家族哲学
序
少女は小路の隅に座り込んでいた。大通りを歩く人々は誰も少女に気を留めない。
時折こちらに気付く者もいるが、気付かなかったフリをして立ち去っていく。
(これからどうしよう……)
帰る所が無い。
少女はついさっき、施設から飛び出してきたばかりだった。
幼い頃に両親を亡くし、身寄りのなかった少女は十四になる今までずっと、施設で育ってきた。
暴力で無理やり言う事をきかせる施設長も、しつこく嫌味ばかり言う副施設長も、みんな皆大嫌いだった。
同じ施設で育った子供たちも嫌いだった。いつも施設長にびくびくし、怯えた目をしている。何も悪い事をしていないのだから、もっと堂々としていれば良いのに。
全てが嫌になって、少女は施設を飛び出した。追ってくるかと思ったが、誰も追ってこなかった。少しそれを寂しいと思った自分も大嫌いだと思った。
少女は今、
噂で聞いた事はあった。ここに来る人は皆楽しそうにしており、まるで楽園のようだと。
(でもそんなの嘘)
何故、ここに来るまでに気付かなかったのだろう。
愛に染められた街、すなわち、愛欲に染められた街なのだと。
先程、街娼が客の手を引いてこちらにやってきた。片手に茣蓙を持っていた。彼女は自分の存在に気付くと、唾を吐いて来た道を引き返していった。
自分がいなければ、彼女はここで客とまぐわっていたのだろう。
(どうしよう)
施設から離れる事を望んだのは自分だ。なのに、いざこうして離れてみると不安でたまらない。そんな自分が情けなくて、悔しい。涙が零れぬよう強く歯を食いしばる。
と、座り込んだ爪先に影が落ちた。影を追って顔を上げると、そこには男がいた。
「どうしたんだい?」
柔らな声をしていた。男は気遣わしげにこちらにやってきた。
行く所がないと素直に告げると、男は大きく頷いた。
「ならば私の所に来るかい?」
手が伸ばされる。肉付きの良い、水仕事などした事がなさそうな手だった。
少女はためらいながら、その手に掌を重ねた。
強く握り返された。
堪えていた涙が溢れ出した。
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