家族哲学 13
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四
須桜に投げつけられたという紙を開く。吉江のものであろう字の他に、丸みの強い須桜の字があった。
それに目を通し、紫呉は息を吐く。胸糞の悪い話だ。
「……なるほどね。事情は掴めました」
「やっぱこいつらが星だったか。すげえな俺の勘」
笑いながら、影虎は見取り図を広げる。
「で、どうするよ?」
「……屋内をお願いします。影虎の方が詳しいでしょう。僕は外を狙う」
「了解」
「黒器は不使用で。強盗の体を装いましょう」
今回は破天がらみの事件ではない。
なのに黒器を使用すれば、鳥獣隊の事が明るみに出てしまう。
「分かった。んじゃ、須桜には女の子達逃がしてもらうとするか」
「ええ、そうですね」
薄く笑う影虎の目には、戦闘に対する押さえきれない高揚が浮かんでいた。
おそらくは、己も同じ目をしているのだろう。
身の内を這うこの情動は、吉江たちに対する憤りだけではない。
懐には小刀がある。予備もだ。
「では、行くとしましょうか」
その固い感触を確認し、紫呉は立ち上がった。
屋敷の西側、先日影虎が撤去したという有刺鉄線を見上げる。
「門は俺が開けとく。帰りは普通に門から出られるぜ」
「頼みましたよ」
「ああ。んじゃまた後でな」
影虎と軽く拳を合わせ、紫呉は地面を蹴った。
庭に降り立ち、木立の中に身を潜める。
懐の小刀に手を伸ばすと、左手首の黒器がぱちりと爆ぜた。
「……黙れ牙月」
水晶の数珠は淡い光を発しながら、ばちばちと音を立てる。紫呉は右の手で黒器ごと手首を握りこんだ。
「黙れ。お前の出る幕じゃない」
ばち、と一際大きく爆ぜて、牙月は鎮まった。皮が裂け、手首から血が滴る。
紫呉は舌を打って、流れる血を舐め取った。
「……なあ、今何か音がしなかったか」
「そうか?」
ちょうど前を通った警備員が提灯で辺りを照らす。
(……この駄犬が)
心中毒づきつつ、紫呉は小刀の鞘を払った。
木立から躍り出て、男の胸元に小刀を刺した。
提灯が落ちる。灯が消えた。
もう一人の男が声をあげる前に腹を蹴りつける。
倒れた男の胸元から小刀を抜き、腹を抱える男の背後に回る。口を押さえ、首を裂いた。
腕の中の男の身体が重みを増す。男はずるりと地面に沈み込んだ。
二人の男の懐から財布を抜き出す。
落ちた提灯を踏んで灯を消す。小刀の血を袖で拭い、玄関口へ向かった。
玄関前で男は眠たげに欠伸をしている。素早く側へ接近した。
口を塞ぐ。男の目が見開かれる。胸を刺した。男の緑の虹彩に、紫呉の姿が映っていた。
ふ、と男の目が輝きを失う。
小刀を払うと、男はどさりと音を立てて倒れた。
(あと三……いや、四人か)
男の懐から財布を抜き出した。
手と刃に付着した血を男の着物で拭い、紫呉は詰め所を目指した。
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