火炎の淵 22
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息がうまく出来ない。粘液が喉に引っかかり、ごろごろと音を立てる。
げ、と喉が鳴った。こみ上げる嘔気を耐え切れず、紫呉は吐いた。胃液だか何だかがびちゃびちゃと土を汚し、顔にまで跳ねる。
咽が焼かれて痛んだ。咳きこむ度にあばら骨が軋んだ。肩口から腕にかけてひどく痺れている。
立ち上がれない。腕に、脚に力を込めるのだが、思うように体が動かない。
ぐらりと視界が揺れて霞み、気がつけばすぐそこに地面があった。
己の吐き散らかした血やら何やらが目の前にあって、酸と鉄錆のにおいが鼻を突いた。
這い、進む。立てずとも良い。まだ意識は有る。しがみつけ。手離すな。
雪斗の血はまだ乾ききっていなかった。大丈夫だ。助かる。助ける。
雪斗が死ぬなんて絶対に嫌だと、声の限りに叫びたかった。
だのに喉はうまく機能せず、ただ荒く掠れた息を漏らすのみだ。
嫌だ。彼を失うのは、絶対に嫌だ。死なせてたまるものか。
優しい男だ。子供にも慕われている。奪う以外に能の無い己の友でいてくれる。
なあ、奪わないでくれ。彼の命を。手を。腕を。
大切な手なんだ。あの手で、傀儡を器用に操ってみせるんだ。
大切なんだ。
大切な、友人なんだ。
これが報いだっていうのか? 罰ならば僕自身が何だって受けるから。
だからどうか。
指先が雪斗の腕に触れた。力を込めて痛みを追いやり、上体を起こす。
取り出した止血帯で、雪斗の腕をきつく縛った。脈はある。生きている。
だが傷は深い。このままではいけない。早く血をとめなければ。傷を塞がなければ。
袖を裂き、直接傷口を圧迫する。それでもじわじわと血は滲み、止まりを見せない。
畜生。
どうして、友一人助けられない。
影は目の前で足を失った。
師は目の前で首を失った。
また、何も出来ずに失うのか?
否!
断じて許すものか。
諦めるな。無力に酔うよりも、まだ出来る事があるだろう。
息を吸う。声はまだうまく出せない。指を咥え、高く指笛を鳴らした。
何度も鳴らす。肺腑がじくじくと疼くが、どうでも良かった。
日生、お前の狙いは何だ。何がしたい。その笑みの奥で、お前はいったい何を考えている。
追えと言ったな。捕まえろと言ったな。
良いだろう。その言葉、後悔させてやる。
泣いて喚いて許しを乞うても、逃がしてなどやるものか。
笑みに塗り込められたお前の思惑、必ず淵から引きずりだしてやる。
- 【了】
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