ワンダービート
ある時お前は、戦友だった。
まともに敵の槍を受けて腸をはみ出させた俺を抱え、あの時のお前は泣いていた。
うわあああん。うわあああああん。
洟を垂らして、ぐしゃぐしゃに顔を歪めて、お前は泣いていた。
子供みたいだ。みっともないな。
ぼんやり考える俺が最期に見たのは、己の汚れた指先を這う羽虫だった。
ある時お前は、小禽だった。
朝も昼も夜も深夜もチーツクチーツク、ピヨピヨ、チュンチュン。
やかましいぐらいに鳴いては俺の生活を彩ってくれた。
とは言っても当時の俺は食うにも困るほどに生活は逼迫していたので、お前の鳴声を楽しむ余裕なんて無かったのだが。
お前が毎日毎日鳴いていたのを知ったのは、お前が俺の家の前で死んでいた時だ。
固くなったお前を見て、ああ今日は肉が食えると涎を垂らしたのを覚えている。
ある時お前は、糠床だった。
茄子を漬けた。瓜を漬けた。西瓜の皮も漬けた。美味かった。
鉄釘を入れておくと味が良くなる(色だったか?)と大家さんが教えてくれたので、早速俺はお前に釘を入れてみた。
すると翌日、確かに入れたはずの釘が見当たらず、俺は不思議な思いを味わった。
釘で怪我をする事も覚悟で底までかき混ぜてみたが、どうにも見当たらない。
あの釘はいったいどこに消えたのか、今でも分からぬままである。
ある時お前は、米屋だった。
毎月毎月決まった日にちに米を俺の家に持ってきては、たわいもない話をした。
どこ産の米はこれこれこうでどうのこうの。
正直言えば食えれば何でも良かったので興味は無かったが、熱心に話すお前を前にそんな素振りを見せるわけにもいかず、俺は愛想笑いを浮かべてうんうん頷いていた。
多分お前は、俺が飽きている事なんて分かりきっていたのだろうけれども。
ある時お前は、鍬だった。
俺は何とかという当時の天下人の家臣の部下の部下の部下だった。
件の天下人は何やら色々とあって、ある家臣が離反して、町人やら農民やらを扇動して一揆を起こした。
俺は一揆を鎮める為に駆りだされたのだけれども、前線に出た途端あっけなく死んだ。
お前に腹をえぐられて死んだのだった。
なあ、あの時お前は俺の腸を見て、感じて、何を思ったのかな。
そして今お前は、俺の隣でまぬけ面さらして眠っている。
外は祭りだ。お囃子が遠くで聞こえる。花火が時折上がって、格子戸越しに華やいだ光がパッと散る。
遅れて響く、ドォンという音。
腹に響くその音は、まるで鼓動を思わせた。
俺はお前の胸元に手をやって、お前の鼓動を確かめた。
指先に伝わる規則的な命の音。
この先何度廻り巡ろうとも、俺の世界はこの音と共に在る。
これまでも、これからも、俺の世界はこの音と共に孵り、共に還る。
ただ、それだけの話。