河原の情景
私の指先から生まれた魚が黒い川を泳いでいく。向かい岸では鬼火が生まれては消え、生まれては消え、生まれては消えていた。
ぎい、ぎい、と私を乗せる小船はどこへ行くとも知れぬ。川をかき分けるようにして進んでいく小船の揺れは大きく小さく、ただ不快であった。
櫂を操る船頭の指は白く、もしかしたらその指は骨なのかもしれない。船頭は一度もこちらを向かないから私には分からない。
私は川につけていた右手を上げた。生まれ遅れた一匹の魚が指先からぴちりと跳ね、小船の上で暴れていた。
だがそれにもやがて飽きたのか、魚は宙を舞って対岸へと飛んでいく。
そちらに行けば鬼火に食われてしまうよと思ったが、声が出なかった。そういえば私は腐っていたのだった。
だが私の期待は外れ、魚は葦に食われた。葦はぼうぼうと鳴きながら葉を伸ばし、魚を捕らえたのだった。
魚が最期に見たのは己の吐いた泡なのだろう。白く濁る目は、臓腑を見ずにすんだ事を喜んでいるようだった。
その目がとても綺麗に思えたので、私はもっと魚を生み出すべきなのだろう。だが先程よりも腐った体は、もう動かせない。
小船の底に飲まれるように、私の体はへばってしまった。流れた体液が船頭の足元を汚すけれど、船頭は少しも気にした素振りを見せない。
ぎい、ぎい、と漕ぐ音がごぽごぽと水の音に飲まれたことに気付いたのは、私がとけた頃だった。
水中を尚も漕ぎ続ける船頭を、私は正面から見たかったのだけれども流れは強く、ぬろぬろと流されていくばかりである。
まあきっとやがて船頭もとけるだろうと思っていたのだが船頭はとけず、ぎい、ぎい、と潜るようにして小船を漕ぎ続けていた。
何だかずるいような気もするが、強い流れは事の他に快く、葦に食われた魚もきっとこんな心地だったのだろうと考えるうちに、船頭の姿は消えてしまった。
やがて私が見上げると、黒い水に魚が生まれた。魚はするすると躍るようにして私の上を走っていく。
水の上のもっと上にあるのはたぶん空だ。空では蛙と蛙が相撲を取っていて、私は鈴が リンと鳴る音に目を閉じた。