銀色と黄金宮 6
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お父さんが合成獣の事を言い出したのは二年前よ。ほんとに突然。お母さんとお父さんとあたしと、いつも通り朝ご飯食べてる時だったわ。
すごい嬉しそうに言うの。すごい発見をしたんだ。これはすごい発明だって。
あたしとお母さんはキョトーンってしちゃってね。何をいきなり言い出すの、何を発見したの、ってお母さんが呆れながら聞いたわ。
でもお父さん何か興奮してて、これでもっと良い暮らしができるぞ、喜べってお母さんの手握ってね。答えになってないっての。……お母さん照れてたわ。あたしも何か恥ずかしかった。
……ああ、うん。別に生活苦しいとかじゃなかったんだけど。どっちかって言えば裕福だったんだと思うわ。獅子戦争で築いた財産は没収されてたらしいけど、戦争のあとに何やかんやでいろいろ稼いでたみたい。『宗義』の経営状況とか、あたしは知らないけど。経営管理はお母さんが主にしてたからね。
うん、そう。その獅子戦争のおかげでね、やっぱりアンチ『宗義』の人って結構いるのよね。そりゃそうよね。
で、その人たちに嫌がらせとか受けててね。家の壁に落書きとか、そんな感じの。気にせずにおこうと思っても、やっぱり嫌なものよね。
悪いのはこっちかもしれない、けど昔の事じゃないの、あんた達だって『宗義』の機械使って暮らしてるでしょ、うちの造ったものが無けりゃ暮らしていけないくせに。そんな風に思ったわ。
それで……ええと、どこまで話したかしら。……この話するのあんたが初めてだからさ。上手く話せなくてごめんね。……何その変な動き。もう……。
……ええと、うん。それでね。発明って何って、聞いたの。
そしたらお父さんすごい嬉しそうにね、合成獣って言うんだ、って。
『宗義』の機械技術の最高結晶だって。
やっぱりお母さんとあたし、キョトーン、よ。お父さんは説明してくれた。合成獣の造り方とか。……難しくてよく分かんなかったけど。とりあえず、人工的に造った妖獣なんだって事は分かったわ。
あとはそうね……。……合成獣は造り手の意のままに操れるって言ってたかしら。獰猛で凶暴だけど、ちゃんと指令を与えておけばそれには逆らわないとか。けどまだ完璧に指令回路の研究ができてないから、不完全ではあるけど、とか。
ただコストがかかるからなあ、ってお父さんが伸びた髭ジョリジョリしながら言ってた。
……本当に、いつも通りの朝だったのよ。お父さんのしゃべり方とか、困ったときに髭を撫ぜる癖とか。ただ、話してる内容が変なだけで。
それで、いったいその合成獣をどうするのって聞いたの。
そしたらお父さん、勢い込んで話そうとして、パンを喉に詰めて苦しんでた。何してるのよもう、ってお母さんが苦笑して紅茶を渡したの。それで流し込んで一息ついてね、お父さんは言ったわ。
戦争を起こすんだって。
嘘じゃないわ、本当。
本当にそう言ったの。
嘘みたいな話だけどね。
嘘だったら良かったんだけどね。
今はまだ量産できないけど、いずれもっといっぱい造るんだって。
そしたらいっぱい人が死ぬぞおって。
……笑ってた。
合成獣は見た目はほんと、妖獣そのものだから、造られたものだとは普通の人間は気づかない。
あたしだって判別できないわ。狩られたらもしかしたらばれちゃうかもしれないけど、強いからそう簡単には狩られない。
それに狩人の邪魔する奴も雇うからって。
……うん、そう。守り人の事。
合成獣の所為でいっぱい被害が出るでしょう?
そしたら、妖獣は斐茜から来てるから、……ごめん、ちょっと待って。整理する。
……妖獣は斐茜から生まれてくるでしょう?
それで、だから……。妖獣がいっぱい増えて、妖獣の被害がいっぱいでちゃったら、やっぱり備昇の人間は斐茜の事を良くは思わないのよね。お前の国から生まれた害獣の所為で、って思うのよね。
それが、お父さんの企み。
合成獣を造って、その合成獣がいっぱい害を撒き散らしたら、アンチ斐茜の感情が高まるでしょう?
そしたら、戦争になるって。
戦争になったらうちはぼろ儲けだって。
うちを皆が頼りにする、うちを馬鹿にする奴らはいなくなる、お前達に嫌な思いはもうさせないからな、って。
……馬鹿みたいでしょう?
本気でそんな事思ってるの、本気でそんな事できると思ってるの、って思った。そう聞いたわ。
でもお父さん興奮してて、これから研究棟にこもるからって行っちゃった。
それからずっと、お父さんは研究棟から出てこなくなった。
冗談で言ってるんだろうってお母さんとも言ってたんだけど……。本気かもしれない、って思って、確かめに行こうとしたの。
そしたら研究棟、入れてくれないの。
警備の人間に追い返されちゃってね。……本気なんだ……って……目の前真っ白になっちゃった。
あたし、祈ったわ。
神様お願いって。
……ふふ、ガラじゃないけどね。お父さんをやめさせて、って。こんな馬鹿な事はやめさせてお願いします、って。
でも、無駄だった。お父さんは変わらなかった。……分かってた事だけど。
だから……神様が無理なら……あたしが何とかするしかないって、思った。あたしがお父さんをとめなきゃって。
でも会ってくれないし。研究棟には入れないし。どうやったらお父さんをとめられるんだろうって考えた。
……殺しちゃうしかない、って思った。
極論だけど。でも、ほんとに、そうするしかないって。思った。お父さんの所為で、戦争なんて、人がいっぱい死ぬなんて、そんなの。
……ごめん、うん、……平気。ごめんね……。
………………ふう。
毒薬仕入れたりとかまでしたのよ? 射撃場に通い詰めたりね。推理小説読み漁ったり人体の急所研究したり。
……馬鹿よね。
でも、できなかった。
まず会えないし、それ以前にあたしが、……あたしの気持ち的に無理だった。
……だって、あたしのお父さんなんだもの。できるわけない。
そうしなきゃって分かってるのに、お父さんをとめたいって、お父さんをとめなきゃって思うのに。お父さんをとめる方法もそれしか無いのに。
……できなかった。
だからあたし、家を出たの。狩人になろうって。
妖獣の数が減れば、お父さんの企みは失敗になるわ、って。合成獣が出てきたら、それをあたしが狩れば良いんだ、って。
何か、お母さんにいっぱい謝られたわ。……何で謝るの。お母さんが悪いわけじゃないのに。悪いのは……。……誰、なのかしらね。分からないけど、でもお母さんが謝る必要ないのに。何だか腹が立ったわ。
たまにお母さんから手紙来るけど、手紙の中でも謝るのよ。……むかつくし困るわ。……苦しくなる。
家を出て二年、とにかく狩りに専念したわ。大物が出たって話を聞いたら即行した。合成獣かもしれないって。
大物の噂を聞くたびすごい怖かった。
もしかしたら合成獣なのかも。お父さんの造ったものが、たくさん、人を殺してるのかもしれないって。
…………はあ、疲れた。
……これが、あたしが合成獣の事とか知ってる理由。
理解した?
……ほんとに?