銀色と黄金宮 3
大通りから悲鳴が聞こえた。みづ穂は腰に巻いたガンホルダーから銃を取り出し、大通りへ向かった。
人々は悲鳴をあげながら手近な屋内へと逃げ込んでいる。
あらかた人々がはけた大通りに、若い女性が蹲っていた。足から血が流れていた。側には赤ん坊ほどの黒い塊がいる。
溝鼠を縦にも横にも引き伸ばして太らせたような姿だ。ギィギィと耳障りな鳴き声をあげながら、赤い目を抜け目なく光らせている。
だがしかし発砲すれば、女性にも当たってしまう可能性がある。それに的が小さいからこそ、銃弾が貫通し、周囲に流れてしまうかもしれない。
舌を打ち、みづ穂は足元の小石を拾い上げた。黒縅へ投げつける。ギィッと甲高い声で鳴いた。
「こっちよ」
黒縅の赤い瞳がみづ穂を捉えた。長い髭がうぞうぞと動いている。怒っている証拠だ。
ヂュウと鳴いて威嚇した。身体を大きく膨らませ、こちらに突進してくる。
ぎりぎりまで黒縅を引きつけ、みづ穂は真上に跳躍した。くるりと空中で身を返し、黒縅目がけて発砲する。
弾丸は黒縅の脳天に命中した。ギッと小さく鳴いて、黒縅は大人しくなった。じわりと血痕が広がる。
やがて、黒縅は小さな妖水晶に、血痕は砂塵に姿を変えた。妖水晶のすぐ側、赤いレンガに弾丸がめりこんでいた。
みづ穂は汗一つかいていない。ガンホルダーに銃をしまい、妖水晶を拾い上げる。
「す、……っすごいぃぃぃ」
気の抜けた声にはっと振り返った。きらきらと陽が目を輝かせている。女性の手当てをしていた。みづ穂もそちらに駆け寄り、女性の側にしゃがんだ。
女性の怪我はそう深くないようだ。身が竦んで動けなかったのだろう。ほっとした。
「あ、ありがとうございます……」
まだ青い顔で、女性はぺこりと頭を下げた。買い物袋から二つオレンジを取り出し、みづ穂の手に乗せた。
「こんなものしかないのだけれど……」
「いえ、ありがとうございます。黒縅は毒を持ってないですけど、念のため病院に行った方が良いですよ」
ありがとう、ともう一度頭を下げ、女性はゆっくりと立ち去った。同時に、辺りに喧騒が戻ってきた。
「すっ、みづ穂さんはっ、すごいっ!」
興奮した面持ちで、陽は拳を握って言った。
「すごくないわよ。全然大物じゃないし」
「で、でも、すごい! 格好良い!」
「……ありがと。褒められて悪い気はしないけどね。でもほんと、あたしなんて全然すごくないわよ。あんたも使徒なら見たことあるでしょ? もっともっともーっと大型の妖獣がいるんだから。あたしが仕留めた事あるのはまだ中型の妖獣くらい。もっと大物仕留めてこそ、すごい狩人ってものよ」
「大物……」
「そう。昨日の銀獅子とかね」
「……銀、獅子…………」
「今のとこ、目下の目標は銀獅子を仕留める事よ。あんな大物、そうそういないもの」
「……それは駄目だ」
「え?」
低い陽の声に、みづ穂は瞬いた。ぅあ、と陽は肩を竦め、落ち着きなく視線をさまよわせた。
「う……その……。お、おれも……狙ってるから……。みづ穂さんに獲られちゃったら、や、だ、なあ……と……」
じぃっと見つめる。
ごめんなさい、と陽は俯いた。
みづ穂は頭を掻いた。彼がすぐ謝るのは癖なのだろう。イライラするけれども、いちいち怒っていたらキリがない。
むかつきを飲み込んで、みづ穂は陽の手にオレンジを一つ渡した。
「じゃあ手を組みましょ?」
「え」
「一緒に行動するの。そして銀獅子を狩ったその時は、分け前は半分こ。どう?」
陽は手の中のオレンジを見つめている。
彼と行動を共にして損はない。彼には教会の呪文があるし、先程の女性の足を見る限り、応急処置もなかなかのものだ。
一人では正直、銀獅子を狩るのは荷が重い。死んでしまっては報酬も何もあったものではない。
それならば、報酬の取り分は減ってしまうが、二人で手を組んで生き残るほうがずっと良い。
長い逡巡のあと、陽はしっかりとみづ穂に視線を合わせて、こくりと頷いた。
よし、とみづ穂は笑って陽の肩を叩く。
「今あんた何処に寝泊りしてんの?」
「う、えと、……宿に」
「そ。じゃあ解約して、あたしのアパートに来なさい」
「え」
「何よ、不服? 一緒にいる方が狩りもしやすいじゃない」
いや、と陽は真っ赤になってしどもどと続けた。
「その……みづ穂さんは……、お、女の人、で……。おれは、その……」
ああ、と真っ赤な陽を見上げてみづ穂は腕を組む。
「あんたにあたしをどうこうしようっていう勇気あんの?」
「う、……ぇう……」
くすくすとみづ穂は意地悪げに笑った。陽の赤い顔を覗き込む。
「西七番街の三の六。リラの葉っていうアパートよ。そこの二〇四号室だから」
これ、と手に持っていたもう一つのオレンジを陽に渡す。
「ちゃんと持ってきてね。一個は食べて良いけど、もう一個はあたしのだから」
ちゃんと渡しに来なさいよ、と念を押して、みづ穂は雑踏の中に足を進めた。