銀色と黄金宮 1
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かんと澄み渡った青空にくっきりと浮かぶ白い雲。頬を撫ぜる風が心地良い。
さわやかな備昇の初夏に自然と足運びも軽やかに…………はならなかった。足音荒く、みづ穂はずんずんと人ごみを歩いていた。
何故だか人々が皆、みづ穂の顔を見るなり道をあけてくれる。ありがたくはあるが、不愉快だった。
(何なのよいったい……!)
切れ長の黒い目を欄と輝かせ、鼻息荒くみづ穂は歩く。ブーツの踵がかつかつと荒々しく音を立てる。
人々がみづ穂をよけるのは、眼光の鋭さと鼻息の荒さ、そして足音の荒さの所為だと本人は気付いていない。人々がよける理由が分からない、だから腹が立つ、そして更に動作は荒くなり人々はよけていく。悪循環だ。
(昨日のヤツも人の顔を見るなり逃げるなんて……、ほんっと失礼! ただでさえ邪魔されて腹が立つってのに)
こんにちわぁ、と憮然とした声でみづ穂は行きつけの喫茶店の扉を開いた。
「おー、みづ穂ちゃん。……何か機嫌悪い?」
「悪い」
カウンター席の一番奥、窓の側がみづ穂の定位置だ。椅子を引いて、どっかりと腰をおろす。肘をついて、上目に店主を見上げた。
「ねえ蜜蜂さん。あたしってそんなに顔怖い?」
唐突な質問に、蜜蜂はカップを拭きながら首を傾げた。
「んー……。きれ怖い?」
「何それ」
「きれいで怖いの略」
「ふーん……。あたしきれいなんだ?」
「まあ俺からすればね。オジサンお付き合いを申し込みたいほどよ?」
言いながら蜜蜂はみづ穂の前にメニューを広げた。蜂蜜入りのミルクティーを指差し、みづ穂は鼻で笑う。
「何人にそういう事言ってんの? あたしはともかく、本気にする子もいるかもしんないからやめといた方が良いわよ」
「あっはっは。つれないお返事だこと」
短く切った金の髪をかき、蜜蜂は甘い顔に苦笑を浮かべた。
みづ穂はわざとらしくため息をついた。
きれいだと言われるのは嬉しい。だがお付き合い云々なんて、本気で受け取れるわけが無い。十七のみづ穂からしてちょうど倍の歳の男が、こんな小娘相手に本気で言っているわけが無い。
「で? お嬢さんの機嫌が悪い理由は?」
「そう! 聞いてよ!」
だん、とテーブルを叩いて身を乗りだす。
「歩いてたら皆がみんなあたしを避けるのよ! まあそれは良いとして昨日の話よ! 銀獅子がでたのね? それでけっこう良いところまでいったのに邪魔されちゃって……。それで、あたしを邪魔したそいつも、あたしの顔見るなり全速で逃げてったのよ? 失礼な話よね!」
むかつくわ、と頬を膨らませる。そんなみづ穂の頭をぽんと叩き、蜜蜂はカップをみづ穂の前に置く。
「まあ確かに失礼ではあるなあ。よし、じゃあこれ飲んでそんな失礼なやつの事は忘れちゃいな?」
「……そうする。いただきます」
両手にカップを包んで口に近づける。茶葉の良い匂いがする。ほうと息をつき、口に含んだ。
紅茶の甘さと温かさが心を蕩かす。おいしい、と素直に口にすると、蜜蜂は喜色を満面に浮かべた。おまけ、と皿に乗せたクッキーをテーブルに置いた。
「で、怪我とかはしてないの?」
「うん、無傷」
「そりゃ良かった」
ありがとう、とみづ穂は苦笑してクッキーをつまむ。ほろ苦いココアのクッキーを、温かい紅茶で流し込んだ。心配されるのが嬉しく、こそばゆかった。
身につけた白いシャツの下には、大小さまざまの傷痕が残っている。黒のショートパンツから伸びた脚にもだ。
傷つく事なんて、妖獣を狩って生きていこうと決めた時から覚悟はしている。しかし覚悟はしているものの、怪我をすればやはり痛いし、傷痕が残るのは一応女としてショックだ。できるだけ避けたい。
妖獣狩りを始めて約二年。最初に比べれば怪我をする事は随分と減った。
妖獣を狩る、つまりは妖獣の命を奪う事の重みにもそれなりに慣れた。
被害者の無残な姿に目が眩む事も減った。
狩人としてまだまだ駆け出しだが、結構上手にやっていると思う。
妖獣は華葉大陸に広く存在している。小型のものから大型のもの、無害なものから有害なもの。種類はさまざまだ。
有害と政府に認定された妖獣を狩っているのは警察機構の戦闘部隊。だが公僕である警察だけでは手が回らない。そこでアルバイトとして警察に雇われているのがみづ穂のような狩人だ。
報酬は完全出来高制。
もし狩人が命を落とした場合も、正規の公僕ではないので国は一切責任を負わない。
割の悪い仕事ではある。だがずっと続けていけば警察に実績を認められ、戦闘部隊に入れる可能性もある。そうすればべらぼうに難しい(らしい。受けた事がないから分からない)入隊試験を受け、正規の方法で入隊するより手っ取り早く入隊できる。
危険な仕事であるからこそ、戦闘部隊の給料は良い。一種のヒーローでもある。
みづ穂が狩人になったのはそれに憧れて、という訳では無いが、戦闘部隊に入隊できるのもなら入隊したい。その方が何かと生活の保障がされるのでありがたい。
妖獣を倒せば、妖獣は妖水晶という拳ほどの大きさの水晶に変化する。
それを警察に持っていけば、専門の鑑定士が鑑定を行う。
どういう原理かは知らないが、鑑定士達は妖水晶から見事に、妖獣の大きさ獰猛さ今まで喰らった人の数などを見極める。みづ穂の知る限り、鑑定が外れた事は一度も無い。
鑑定後、それに見合った報酬が支払われる。妖獣の有害度と報酬の高さはきれいに比例する。
妖獣を狩るのは警察と狩人。そして教会の使徒だ。
妖獣は斐茜王国の北東の山奥から生まれてくると言われている。
獅子戦争の講和の折に斐茜王は、備昇への斐茜の教えの布教を要求した。
片平は使徒が無償で備昇の妖獣を狩ることとの引換えにそれを受け入れた。斐茜から発生しているのだから、斐茜の者が無償で狩るのは当たり前だ、という事だ。
昨夜のあの少年が唱えていた呪文。あれは斐茜の教会の呪文だ。
その時の事を思い出すと、また腹が立ってきた。落ち着け落ち着けと心の中で唱えながら、みづ穂は一気に紅茶を飲み干した。