JCが狩人の目でおれを見てくる件について
理絵がもそもそとノートに答えだが何だかを書いていくのを、おれは何をするでもなくぼんやりと眺めていた。
勉強教えて、と今日も今日とて押しかけてきたはまあ良いとして、おれがお前に教えれる事とかねえっての。お前の学校めっちゃ偏差値高いとこじゃん。しかも古文とか、見たの受験以来だし。ラ変がどうのとか、薄らぼんやりとしか覚えてない。
「ね、洋平くんってさ」
そろそろ勉強にも飽きてきたのか、理絵が教科書とシャーペンをほっぽりだして、おれの隣に移動してくる。そして三角座りをして、あざとい角度でこっちを見上げてきた。
「ピンク好きなの?」
「んー……、別に好きでも嫌いでもねえけど。つか何で」
「靴下。ピンクだから」
と、理絵は指先でおれのつま先をちょいとつついた。やめろこそばい。
言われて気づいたけど、今日おれが履いてる靴下は確かにピンクだ。ピンクと黒の市松模様のやつ。確か三足千円とかで買った安物だ。同じ柄の色違いも持ってる。白と黒のやつと、灰色と黒のやつ。
「じゃあ、市松模様が好き?」
「特別好きってわけでもねえけど」
ふうん、と唇を尖らせる理絵は、何となくがっかりしたような顔をしていた。何でだ。って首を傾げたおれに気がついたのか、理絵が拗ねた顔のままでもごもごと言う。
「だって、洋平くんが好きなもの、知っておきたいんだもの」
「おー……」
それだけ聞いたら何かすげえ健気で可愛いなって思うんだけど、こいつの事だから、それが高じてタンスん中とか漁ってる気がする。だってこないだ、入れ替えた覚えねえのに、あんまし着ないシャツが上にきてたし。まあ良いけど。慣れた。
まあ、好意自体はさ。嬉しいよそりゃ。けどそれと、おれがこいつの気持ちに応えるか、って事は別問題だ。あざとい角度で上目使いで見てきても別問題だ。
別に嫌いってわけじゃない。好きか嫌いかの二択なら、そりゃ好きだ。けどその好きは、トイプードル可愛いとかダックス可愛いとか、そういう感じのとよく似てる。気がする。愛玩? 的な? 分からんけど。
なので、あざとく手を重ねてこられても、おれは握り返したりせずにぺっと払う。そうされるのは理絵も慣れてるのか、気にせずに話を続けた。
「あのね、プレゼントしたいの」
「や、いらねえし。貰う理由ねえもん」
「もー、洋平くん冷たい! 遅れに遅れた誕生日プレゼント、って事で良いじゃない」
「つか何で急に」
「急にじゃないもん。結構前から、プレゼントしたいなって思ってたもん」
「そりゃどうも。だから、その理由は何なんだって」
「あげたいだけ」
「は?」
何だそりゃ。意味分からん。
「わたしがあげた何かを、洋平くんが持っててくれるのって素敵だもん。だから、プレゼントしたいの」
と、理絵はほっぺたを膨らませる。
「……アクセサリー類もしてないしー」
「あー、最近あんましだなあ」
めんどいってか何てか。あと、お前それほんとにお洒落だと思ってんの? って思われてそうで怖いってか。
「でもね、ネックレスが一番良いかなって思うの。いっつも一緒みたいな感じでしょ? あと香水とかも。わたしがあげたものを、いつもつけててくれるのって、嬉しいなって」
「……気持ちだけ貰っとく」
「えー」
「中学生にあんまし高価なもん貰うわけにゃいかんだろ」
「じゃあ高くなければ良い?」
「だから、別に良いって」
断れば、理絵は不機嫌丸出しの顔で頬を膨らませた。不細工なことになってるその顔をむいっと掴んでやれば、漏れた空気が変な音を立てる。思わず笑うと、理絵にべちんと肩を叩かれた。
「お前さあ、不思議なんだけど、おれの何がそんなに良いの」
や、好きって言ってくれんのは嬉しいけどさ。実際、よく分からんのだよな。そんなに好かれる要素がおれにあんの? いや、無い。反語。
「えっとね、一個ずつ言っていったらいっぱい有るから、最近のだけにするね。まずはね、背中のライン」
「……せ?」
「上着脱ぐでしょ。そしたら、肩甲骨がね、こう、服に浮いてるあの感じ」
「肩甲骨」
「それからね、腰から尻に向かう、この、こういうライン」
「尻」
「尻」
キリッとすんな。
つか怖い。目が怖い。マジで言ってる目をしてて怖い。
「あとねえ」
「いや、良い。もう良い」
「えー、まだいっぱいあるよ?」
「いや、もう良い」
「あっ、そうだ!」
尻! と理絵は目を輝かせた。尻でイキイキすんな。何だ、尻がどうした。
「アクセサリーとか香水じゃなくても、いっつも身に着けてるものあるよね」
真顔でおれの下半身を見るのはやめて下さい。
「ねえ、洋平くん。し、肩揉んであげよっか?」
「し、って言ったな?」
「言ってない。肩、揉んであげよっか?」
「良い、凝ってない。こっち来んな」
ずりずりと後ずさるおれを追って、理絵がじりじりと迫ってくる。後ろはベッドだ。逃げ場は無い。
「洋平くん、今日のパンツ迷彩柄のやつだよね。目にまぶしい色してるやつ」
「何で知ってんだよ、怖ぇよ」
「洗濯物入れてる籠の、一番上に昨日あったから。それが今日無いから。だったら、ここかなって」
「股間を指差さないで下さい」
「それ、どこのメーカー?」
「いや、メーカーとか、別にこだわり無いんで……。そのへんで適当に買ったんで……」
「へえ。確かめて良い? あっ、じゃなくて。肩、揉んであげるから。ほら、そこ横なって。うつ伏せで」
「ならない。なりません」
「ほら早く」
怖い。
誰だよこいつがトイプーとかダックスとか言ったの。おれか。愛玩動物じゃねえよこいつは。
狩人だ。
後日、久保家にて。
「……って事があってさ。なあ一基。おれ思うんだけどさ。何てか、こう、あいつにガッて来られると、こう、童貞持ってかれるとかよりさ、もしかしておれ掘られんじゃねえのっていう恐怖感が、こう」
「……」
「黙んなよ。何か言えよ」
「……」
「否定しろよ。考えすぎだろとか、何かそういう感じの事言えよ」
「……」
「黙んなよ」
「……それで、尻は無事だったのか」
「……」
「黙るなよ」