天使の言い分 18
おおう半端なく恥ずかしい! いや違うよ、天使なんかじゃない! 略して天ない! こないだ完全版多恵子ちゃんに借りました!
言った側からマジめちゃくちゃ恥ずかしいよ! 理絵お前よくこんな事言えたな!
でもおれは恥ずかしいの我慢して、何でもないみたい顔して話し続けた。
「というわけで、おれは、お前を幸せにする事が仕事です。ターゲットの変更はできません」
確か理絵はこんな事言ってた気がする。つーか笑うなら笑え一基。我慢すんな腹立つ。
あーもー顔あっつい。超恥ずかしい。
「多恵子ちゃん、理絵の携帯の番号知ってる?」
「え、あ、うん。知ってる、よ」
目を白黒させながらも、多恵子ちゃんは携帯をいじって理絵の番号を探してくれた。何かごめん。
もにもにと自分の携帯で理絵の携帯の番号をプッシュする。
はっと気付いた理絵が、おれの手から携帯を奪おうと手を伸ばしてきた。
「ま、待って、やめて!」
「あ、死ぬわおれ」
「死ぬの!?」
「だってお前幸せにしなきゃ駄目だもん。天使的に死ぬ」
「じゃ、じゃあ、わたしは今、そうしてほしくないって思ってるよ! これは、わたしを幸せにする事の逆、でしょ!?」
あー、何か一基がこの前理絵にそんな事言ってた気がするわ。
んー、と。どうしようか。理絵の言ってる事は確かにそれもそうだっていう話だし。
おれと理絵はじっと睨みあった。何だっけ、こういう状態。あ、膠着状態?
そしたらだ。
「実は俺も天使なんだ」
唐突に、一基が挙手して言った。
「洋平を助けるためにここにいるんだ」
だから、笑うなら笑えってお前は。堪えんな。逆に恥ずかしい。
理絵ははくはくと口を動かして、何か言葉を探してるみたいだった。
「というわけで、だ」
「え、やっ、何!?」
一基は理絵を後ろから拘束して、空いた片手で理絵の口を押さえた。すげえよお前。その図まさしく痴漢モノだよ。
「俺は洋平に協力する。じゃないと死ぬ」
「お前もかよ」
「ああ、死ぬ。天使的に多分そんな感じだ」
ま、とりあえず拘束ありがとう。
おれはむーむー唸る理絵を無視して、理絵の携帯番号をプッシュした。
呼び出し音がする。さてどう転ぶかな。
おれは長く息を吐いて、ばくばくうるさい心臓を落ち着けた。
しばらくして、女の人が電話に出た。訝しむみたいな、恐る恐るとした声だった。
「あの、……どちら様?」
固まんな、おれ。
唾を飲む。心臓はまだうるさいまんまだ。
「……恐れ入ります。わたくしは、相田西高校吹奏楽部の関係者です」
相田西高校ってのは多恵子ちゃんが行ってる高校だ。関係者でも何でも無いけど、まあ嘘も方便って奴だ。
「天田理絵さんの、携帯ですよね?」
「ええ……。ええ、はい」
「突然のお電話申し訳ございません。実はおれ、いや、わたくしの友人の妹が、西校の吹奏楽部なんですが、その……」
正直出るとは思ってなかったから文面とか考えてなかった。
「最近、休みがちなので、心配をしておりまして……。それで、お電話をさせて頂いた次第です」
「……分かりました。でも、何であなたが? 理絵の先輩のお兄さんのお友達って……。本当に理絵の知り合いなんですか?」
う。いや、まあ、確かに遠いけど。
「それは、その」
あああ突発事態いいいい。固まるなっておれ、どうにかしろ!
「……失礼します」
プツ、と音がして電話は切れた。
結果、黙るしかないおれを三人はじっと見てくる。
多恵子ちゃんが自分の携帯を取りだした。何度かもにもにといじって、耳に当てる。
「あ、あの! すみません、私、相田西高校吹奏楽部の久保多恵子と言います、ん? 申します?」
あわあわと多恵子ちゃんは首を傾げた。
「えっと、さっきの電話、ほんとに私のお兄ちゃんの友達です! 洋平くんです! 怪しい電話とかじゃないです! だから、その、えっと……」
ひょい、と多恵子ちゃんの手から一基が携帯を奪った。
「恐れ入ります。久保酒店の久保一基と申します。先程からお騒がせして申し訳ございません」
一基の拘束を解かれた理絵は、所在無げに立ち尽くしていた。
「妹がですね、天田理絵さんの欠席を心配しておりまして。そう致しましたら、偶然近所の公園で妹が、理絵さんの姿を見かけまして。それで今、とりあえずはとわたくし共の方で理絵さんをお預かりしているのですが……、ええ、はい。そうです、こちらにいらっしゃいます」
一基はちらりと理絵に視線を送って、携帯を理絵の方に差し出した。
「……お母さん?」
「理絵!? そこにいるの!?」
「やだ、出たくない!!」
「理絵!!」
離れていても声は届いたのか、受話器から理絵の母親の叫ぶみたいな声が届いた。
おれは一基の手から携帯を奪った。
「あ、あの、すみません。おれ、じゃない。わたくし、最初にお電話させて頂きました者です。寺内洋平と申します」
「理絵を出して下さい! そこにいるんでしょう!?」
「理絵は、あ、や、理絵さんは、今、電話に出たくないとおっしゃっていまして」
理絵は部屋のすみっこに逃げてた。ちらりとおれがそっちを見ると、絶対出ないって言うみたいに首をぶんぶん振る。
「あの、今からお時間を頂けませんか?」
「今から、ですか?」
「あ、いえ。そちらの都合の良い時間で良いん、です、が。その、会った方が、良いと思うんです」
「やだ、洋平くん! 待って、わたし、嫌だ! 帰るの嫌!」
「会えって」
おれは携帯を理絵に渡す。
「会って、ちゃんと話しろよ」
理絵は渡された携帯を見おろしていた。しばらくして、それをおれにつき返す。
「……分かった。でも、今は、まだ、話したくない」
「……おう」
携帯を耳に当てる。
「あの、すみません。もしもし?」
「……理絵は、帰りたくないと、言っているんですか?」
「……今はまだ話したくないとも、言っています、が。でも、会うと、言っています」
「……分かりました。では」
結局、昼過ぎにこの近くの公園で会おうって話になった。さっき一基がとっさに嘘ついてくれた『妹が偶然理絵さんの姿を見かけた近所の公園』だ。ほんとは見知らぬ男んとこに転がり込んでるとは言えんし。すまん。ありがとう。
「わたしを、助けてくれるんじゃないの」
恨めしそうに理絵がおれを睨んでくる。
「だから、助けてるだろ。母親と話せる場所作ったじゃん」
「そんなの、わたし頼んでない! わたしは帰りたくないもん!!」
「じゃあずっとおれん家いる気かよ。お前も、おれを幸せにしてくれんだろ? おれとしては、お前がずっと家にいちゃ幸せとは言いがたいんですけど」
「そ、それは、童貞捨てさせてあげるって」
「それもいらんっつってんだろ。お前懲りてねえのかよ」
むう、と理絵は頬を膨らませて唸った。つか、多恵子ちゃんにいらんことばらすなよお前……。
「ま、とりあえず一旦おれん家戻って着替えろよ」
てなわけで、とおれは一基の方を向いた。
「昼からちょっと遅れて入って良いか? って、事後承諾みたいで悪いけど」
「いや、俺も行く。一応無関係じゃないしな」
「店は?」
「母さんいるし平気だ」
ならまあ、良いけど。
「あ、あの」
多恵子ちゃんが遠慮がちに挙手した。や、別に発言は挙手制じゃないよ。
「私、正直全然話分かってないんだけど……」
「ああ、だよなあ。何かごめん、マジで。でもさっき助けてくれてありがとうな。助かったよ」
「あ、ううん。どういたしまして」
ほっと息を吐いて、多恵子ちゃんは携帯を握り締めた。そして時計を見て、はっと息を飲んだ。
「私もう出なきゃ!」
「ごめん。何か変なごたごたに巻き込んで」
「良いよそんなの。天田さん!」
理絵はとっさにおれの後ろに隠れた。盾にすんなよ。
「ちゃんと練習きなよ? 今日は良いけど。これからは、休むなら連絡してね」
「……はい。ごめんなさい」
「演奏会、頑張ろうね」
いってきます、と多恵子ちゃんは部屋を飛び出していった。一基、お前良い妹持ったなあ。
さて、じゃあおれらも準備しますか。おれは立ち上がって、一基が片付けようと手にしていたクッションを受け取った。
あーあ、おれちょー格好わりーの。まだ手ぇ震えてるや。さっき理絵の母親と話すのめちゃくちゃ緊張したもんなあ。
多恵子ちゃんと一基の助け舟が無かったらやばかったろうなあ。単なるタチ悪いイタ電になってたと思う。
格好つけてアホみたいな事しなきゃ良かっ……、っと、いや、まあ、結果的に目的果たせたから良いか。
母親と話す機会作ったんだから、理絵、後はお前の問題だぞ。おれはもう疲れた。精魂尽きた。
「いて」
ぼす、とクッションで後頭部を叩かれる。
「んだよ一基」
「いや。さっき、格好良かったぞ」
天使サマ、と嫌な笑顔で一基が言った。
……腹っ立つわー、この男前はほんとによー。ばーかばーか。